読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

隣のハットさん!

ニッポンらぶなハット家のお騒がせ奮闘記 in Canada!!

知っててもあまり役に立たないカナダ豆知識

カナダ情報編

日本からも毎年多くの旅行者が訪れるカナダ。10のプロヴィンス(州)と3つのテリトリー(準州)で構成されており、西海岸は太平洋、東海岸は大西洋、カナダ北部は北極海ハドソン湾、ラブラドル海に面している。世界で2番目に大きい国で、移民受け入れの歴史も長いだけあって文化や習慣はとても多種多様なカナダ。そんなカナダの知っててもあまり役に立たないトリビアを今日は紹介したいと思う。

 

1)カナダを東西に横断する高速道路、トランスカナダハイウェイは世界で一番長い高速道路で距離にして7,821kmある。

2)カナダとアメリカの国境は世界で一番長い防御のない国境として知られ、その長さは8,892kmある。

3)その広大さは西海岸ー東海岸間より、東海岸ー英国間の距離の方が近いほど。

4)ケベック州ケベックシティーの年間降雪量は約3.5mである。

5)アルバータ州のバッドランドは世界で最も恐竜の化石が見つかっている場所。

6)くまのプーさんウィニー ザ プー)はカナダの黒くまがモデルとなっており、マニトバ州ウィニペグ(短縮してウィニー)が名前の由来。

7)世界の3分の1のフレンチフライ(フライドポテト)はニューブランズウィック州フロレンスビルを拠点としたマッケインフーズで生産されている。

8)ヌナブト準州アラートは永住人口がある世界最北端の町で、永住人口は5人。

9)オンタリオ州はカナダで2番目に大きい州なのだが、その大きさは約415,000㎢でフランスとスペインを合わせたより大きい。

最後はやはりハット家が住むノバスコシア州についての豆知識!

10)ノバスコシア州のマイナス湾は世界で一番潮の干満差が大きく、その差はなんと15mと言われている。潮の干満は水の中で巨大なクジラが跳ね回っているからだ、というこの地の先住民ミクマク族の言い伝えもある。日中は海底が丸見えで歩くこともできるのに、夕方になるとどんどん海水が入ってきて何とも不思議な感じです。

以上、知っててもあまり役に立たないカナダ豆知識いかがでしたか?これからもカナダの面白い雑学など載せていきたいと思います。

 

ライフ オブ ラリー 恐怖のドライブより

オンタリオ編

目的地に着かない恐怖

カナダに到着後の1週間はとにかくお役所関係や子供達の学校、保険や銀行関係の手続きに追われた。まだ足のない私たちは老後を悠々と過ごすお義父さんに頼るしかない。ところがラリーの家に引っ越した翌朝私たちが耳にしたのは、

「おはよう、今日はどこに行く?」と言うラリーの一声。ポールが、

「ラリー、仕事は?」

「先週から医者のお墨付きが出るまで仕事を休んでいるんだ。俺はどこも悪くないのに、会社がそう言って聞きやしない。」と苛立ちを隠せない様子だった。

「どこか体が悪いのか」と心配するもののそうではなさそうで、ラリーはただただ「会社の陰謀だ」とブツブツと会社への恨み辛みを述べていた。自ら進んでドライバーになってくれると言っているので、高齢のお義父さんを煩わしたくなかった私たちはラリーの親切心をありがたく受けることにし、彼が休職している状況をそれ以上深くは追求しなかった。

ラリーの車に乗るのは7年前に帰国した時以来で、太短い右手の人差指一本でハンドルを操る彼を今でも鮮明に覚えている。その当時は新車の黒のピックアップトラックを運転していて、高速で見かけた同タイプのトラックに乗る若者と張り合うように運転していた。ピックアップトラックは男の象徴とでも思っているようで、スピードを上げて颯爽と追い越していく若者を自分も負けじと抜き返し、抜きざまには「どうだ!」と勝ち誇った笑顔で相手を挑発する。

あれから7年、年を重ね少しは落ち着いただろうと思いきや彼の運転は相変わらずだった。子供たちを喜ばせようとやってくれているのはよくわかるのだか、運転席のドアを開けたまま車を急発進させドアをその勢いで閉めたり、駐車場から家の前の道に出る時はきまって必ずエンジンをふかしタイヤを鳴らしながら走り去ったり、運転している最中に窓から腕を出し、運転席のドアの外側を叩くのと同時に急ブレーキをかけ、何かにぶつかったふりをしたり…。最初のうちは喜んでいた子供たちだったが、何度も何度も繰り返すので、さすがにちょっとウンザリしていた。こんな子供じみたことをする69歳もなかなかいないだろうと別の意味で感心しながらも、ガソリン代を取るわけでもなく色んなところに連れて行ってくれるので邪険な扱いはできない。この後同じトリックを一体何十回見せられたことだろう。歳を取ると同じ話を何度もするようになるが、ラリーの場合同じ話をするだけでなく、同じ行動を何度も繰り返すのだが、あたかもそれが初めてかのように思っていて、毎回私たちに驚きのリアクションを求めてくるのである。

最初は周りの目新しい風景に気を取られていた私たちだったが、ラリーと何度か出かけていくうちにだんだん彼の運転に目が行くようになった。彼は相変わらず人差指一本で運転していて、ハンドルは握るものだと思っていない。そしてミラーは使っているようだが、実際自分の目で死角や後方を確認しない。また脇見運転もやたらと多いように見えた。実際何度かラリー自身も「はっ」とする状況があり、彼は運転中に数秒ほど寝ているんじゃないかと何度か声を掛けたくらいだ。

ラリーの運転中のお決まりの一つに、サイクリストを見つけると必ずスピードを落とし、サイクリストと並走し彼らが何キロで走っているかをチェックする。サイクリストにとっては迷惑極まりない!ラリー自身も昔はサイクリストだったので、「あいつは遅い」とか「あのこぎ方はダメだ」とかダメ出しも多かった。また何を思ったのか突然車を停め歩いている人に声を掛ける。後ろから車が来てもお構いなし。ポールが指摘しようが、後ろの車にクラクションを鳴らされようが歩道の見ず知らずの人に話し続けるラリー。ラリーは自分の運転が完璧だと思っているようで、人から指示、指摘されるのを極端に嫌がった。

こんなラリーの運転に不安を感じ始めていたが、何よりも目的地になかなかつかないことに私たちはだんだんと苛立ちを感じ始めた。ある時はバーガーショップ、ある時はお洒落なスーパーマーケット、またある時はヘルシー志向のスムージーショップ、またある時はアイスクリーム屋さん。この他、肉屋、コーヒーショップ、ベーカリー、レストランなどなど、目的地に到着する前に見事100%の確率で寄り道をするラリー。そしてそのほとんどが食べ物屋さん。130キロの体型に納得だ。ラリーは舌が肥えているようで、食べ物なら何でも良いわけではない。街の美味しいものを知り尽くしており、好みの物しか食さないこだわりもあった。

この他、公園やアニマルシェルターなど子供が喜びそうな場所にも連れて行ってはくれたが、とにかく目的地に着かない。そしてどこに連れて行かれるのか全く予測不能なのだ。私たちは1箇所に行きたいだけなのに、ラリーと出かけると1日潰れることは当たり前だった。

グルテンフリーを始めたきっかけ ーお腹の膨満感から解放されるー

グルテンフリー編

グルテン」という言葉を聞いたことがある方は多いと思う。グルテンとは小麦などの穀物に含まれるタンパク質の一種で、最近はダイエットのためにグルテン除去をしている人もいるようだ。私もグルテンフリーになって早1年。私の場合お腹の不調にずっと悩まされ最終的にたどり着いたのがグルテン除去食だった。

食後(通常夕食後)の膨満感と腹痛に悩まされ始めたのは十数年前。夕飯中からどんどん膨満感と痛みが増し、立っていることはもちろん座っているのも辛い。こうなるともう横になるしかない。不思議なことに仰向けに寝ると痛みが和らぐ。なので痛くなると食事中であろうが、食後であろうがベッドやソファーに横になる。子供達がまだ小さい頃は、「ママ、食べてすぐ横になったら牛になるよ!」とよく言われたものだ。横になってしばらくすると痛みが治まってくるのだが、起き上がるとまた痛くなる。何種類かの鎮痛剤を試してみたがどれもこの痛みには効かなかった。まだ横になれば痛みが治まるだけ良いと言えば良いのだが、外食中に痛み出すとただただ耐えるしかない。冷や汗ものだ。もちろんいつ痛くなるかもわからない。ここ数年でこそほんの少しの膨満感も察知できるようになり、今日は来るな、と予測できるようになってきた。

ひどい時には1週間、毎晩痛くなる時もあった。月に何度も何度も起こるので、病院嫌いの私もさすがに観念して病院に行くことにした。

<初めての病院*町の総合病院内科>若い男性医師で特に検査をすることもなく、婦人科で診てもらうように言われた。彼の所見は、生理痛または月経前症候群とのことだった。

<2度目*隣の市の総合病院婦人科>婦人科の検査をしてもらうも異常なし。婦人科医の所見は、子供達を帝王切開で出産しているので癒着かもしれないとのこと。

<3度目*隣の隣の市の総合病院内科>腹部超音波、レントゲン、胃カメラ、血液検査、尿検査、便潜血検査をしてもらうも異常なし。レントゲンで小腸にガスがたまっていると言われた。通常小腸にガスはたまらないらしい。おじいちゃん先生の所見は、軽度の側湾症があるので臓器が圧迫されているのかもしれないとのことだった。とりあえず整腸剤をどっさり処方された。

整腸剤を飲み続けるもやはり膨満感と腹痛は改善されなかった。医者にも原因がわからず、痛みも治まらず、横になってばかりの自分の無力さにも苛立ち、また痛みを繰り返すという悪循環。正直精神的にも参っていたと思う。それでもなんとかしなければ、とネットで調べるようになった。「膨満感」「腹痛」「小腸 ガス」などでヒットするものをとにかく読み漁った。ネットで見つけた様々なお腹のガス抜き方法を試みたが効果はなかった。お腹の冷えでも膨満感になると読めば、腹巻とホッカイロを活用した。確かに冷え性の私のお腹は冷えていることが多い。夏でもお腹を触ると冷たいことがある。お腹を温めるのは少し効果があったような気もした。が、根本的には改善されなかった。

ある日いつものようにネット検索をしていると「小麦アレルギー」という言葉がヒットした。パンが大好物な私が小麦アレルギーな訳がない!でもこの「小麦アレルギー」は蕁麻疹やアナフィラキシーショックのような一般的に知られるアレルギー症状とはまた違うタイプのアレルギーらしく、食べてから早くて数時間または数日かかって出るアレルギーらしい。これこそグルテン不耐症やセリアック病の天敵である「小麦アレルギー」なのだ。

「もしかして!?」これに賭けるしかなかった私は早速パンや麺類を絶ってみた。毎朝パン食で、ふかふかモチモチのパンが大好きな私にとって、パンのない生活はかなりの試練だった。夫や子供達がラーメンをズズッとすする横でチャーハンを食べるのもホント辛かった。だが小麦を絶った途端、膨満感と腹痛が治ったのだ!!信じられないようだが、この後半年以上痛みから解放された。時々「あっ、痛くなるかも(汗)」と思う時があったが、結局痛くなることはなかった。グルテンフリーを実践し始めてからの1年間で膨満感と腹痛があったのは数えられるくらい。そう、まだ100%解放されたわけではない。正直、100%グルテンが腹痛の原因だとも言い切れない。でもグルテンを絶ってから症状が改善されたのは100%確実なので続けるしかない。たまに誘惑に負けてケーキをちょこっと食べたり、100%グルテンフリーにしていない時があるのでそれが原因なのかもしれない。前にも述べたように、この「小麦アレルギー」は時間差で出るタイプのアレルギーなので何を食べたからなのか分かりづらいのだ。

グルテンフリーを始めてから、小麦が普段食べる食品にどれほど使われているのかに驚かされる。そして大人から子供まで「好物」として挙げられる食べ物の多くに小麦が含まれていることも驚きだ。カフェインや砂糖のように小麦も依存性が強いに違いない。

カナダ 学校びっくりランキング

学校編

カナダに移住して最初の4ヶ月はトロント郊外の街に住んでいたハット家。子供達は夏休みが始まるまでの約2ヶ月間、この街の学校に通った。日本で生まれ育った子供達にとってカナダの学校は未知の世界で驚きの連続だったようだ。

当時7年生だった娘の『カナダ 学校びっくりランキング TOP10』を紹介したいと思う。 

第10位 上履きがなく学校内は外履き

第9位 宿題がない。夏休みの宿題も全くない!

第8位 小学校低学年が自転車、キックボードで通学

第7位 掃除時間がない。学校(特にトイレ)が汚い

第6位 おやつの時間がある

第5位 休み時間が長いのに、下校時間も早い

第4位 お昼に宅配ピザを頼める

第3位 自分の教科書がもらえない。すべてレンタル

第2位 先生たちのほとんどがタトゥーをしている

第1位 学校にスマホを持って来ても良い。しかも授業中に使っても良い

このランキングは7年生(中1)の視点から見て驚いたこと、特にカナダに移住して間もない頃のものである。ノバスコシア州の学校に転校してからも、学校自体あまり変わりはないらしい。親の私から見て驚いたことも幾つかあるので挙げてみたい。

*教師とその子供が同じ学校に通っている

*保健室がない。養護教諭もいない

*教員がストライキ中(Work-to-Ruleと言って最低限の授業だけは行っている)

*雪が降るとすぐ休校になる

*算数の内容が2年近く遅れている

*6年生から1人1台クロームブック(パソコン)が支給され(低学年は自宅に持ち帰ることはできないが学校内で使用する)、グーグルドキュメントやグーグルスライドを使った課題が出される。課題提出もオンラインでする

日本とカナダで教育を受け、イイとこ取りできる我が家の子供達は本当に恵まれているなあ。 

日本のパスポート切替申請

永住権・ビザ・パスポート

アトランティックカナダと呼ばれるカナダ最東州のニューブランズウィック州ノバスコシア州プリンスエドワード島ニューファンドランド・ラブラドール州は、ケベック州にある在モントリオール日本国総領事館の管轄州になる。なのでカナダ滞在中に旅券、査証、戸籍や各種証明関係の申請・届出が必要な場合、在モントリオール日本国総領事館が領事業務を行ってくれる。

私もそろそろパスポートが切れるということで領事館のサイトを確認すると、「旅券の申請・受領は原則として本人が領事窓口で行う必要があります。」となっていた。モントリオールまで飛行機だと約2時間、値段も約$400くらいだろうか。申請と受領に2度もモントリオールまで行くなら、もう少し足して日本に帰った方がいい。車で行くとなると片道約13時間、距離にして約1300km。遠すぎる... 他に方法はないのかと領事館に連絡してみると、領事出張サービスを実施しているとのこと。なんとありがたい。ハット家が住むノバスコシア州にも連絡を入れた3週間後に出張サービスで来るということで、締め切りをちょっと過ぎてしまったにもかかわらず、丁寧に対応してくれた。

以下はパスポートの切替申請の必要書類です。まず領事館のサイトから旅券申請書をダウンロードします。(Windowsにしか対応していないため、Macをお使いの方は領事館に請求し郵送で申請書を送ってもらう)

1)旅券申請書 

2)6ヶ月以内に作成された戸籍謄本(有効期間内のパスポートを返納して申請する場合は省略できます)

3)写真1葉 (カナダパスポート用。写真屋さんによっては日本のパスポートサイズを提供しているお店もありますが、規格が間違っているところが多いようでカナダのパスポートサイズを指定しています)

4)カナダの滞在資格を証明するもののコピー(私の場合はVisitor Recordというビジタービザの延長許可が下りた時にCICから送られてきた紙のコピーでした。もしパスポートに押されている入国許可のスタンプしかない方はそのコピーと、いつからビジターとして滞在していて、いつ永住権を申請して、いつ頃取得できそうかなどの「事情説明書」を書いて提出しなければいけないそうです)

5)パスポートの写真ページのコピー

6)遠隔地旅券申請同意書

7)10年用旅券手数料165カナダドル(現金のみ、お釣りのないよう)

1)〜 6)は前もって期限までに郵送で領事館に送ります。当日出張サービスの会場に7)と4)の原本、パスポートを持って新しいパスポートの受領に行きます。*パスポートの有効期限が切れていたり、新生児のお子さんの申請だったり必要書類が上記と異なる場合もありますので、あくまでも私の場合ということで参考にしてください。

ノバスコシア州の領事出張サービス会場は、ハリファックスにあるハリファックスセントラルライブラリーの1室を借りて行われました。この図書館は2014年にオープンしたばかりで、Wired.com magazineによると世界で美しい図書館トップ10に入っているそうです。

f:id:hatter4:20170306100427j:plain

ビジタービザの延長申請

永住権・ビザ・パスポート

カナダに旅行する時、日本人はビザなしで(パスポートだけで)最高6カ月滞在することができる。入国時パスポートにスタンプを押され、ビジターというステータスで滞在することになるのだが、6カ月以内の受講コースであれば就学ビザなしで学校にも通える。これは短期語学留学を考えている人には有り難い。

私もビジターとして入国したので6カ月の滞在許可が与えられた。入国後カナダ国内から永住権の申請をしているのだが、半年で永住権は取得できない。永住権申請中だからといって、ビジターの滞在許可を切らしてしまってもいけない。不法滞在にならないようにビジターの延長許可を取る必要がある。

この延長申請はカナダ移民局 (CIC)のサイトからオンラインで行える。オンライン申請だと延長許可が下りるまで約50日かかるので、この日数より少し余裕を持って申請した方が良い。     

*申請に必要なもの(私の場合)

1)申請書 (IMM5708)

2)パスポートの写真のページのコピー

3)パスポートのスタンプのコピー

4)銀行の残高証明書

5)申請料$100(オンラインで支払う)

6)オンラインで申請料を払った後にもらえるバーコード付きの領収書

これはあくまでビジターからビジターの延長申請の場合なので、ビジターから就学ビザに切替や、就学ビザの延長などの場合はCICのサイトを確認してください。

ちなみに、私はなぜかオンラインでなく郵送で申請してしまった。この場合アルバータ州にある Case Processing Centreに郵送するのだが、紙で申請した場合延長許可が下りるまでになんと約120日間かかる... 私は9月末に申請し、延長許可が下りたのが1月末なので約4ヶ月間。当初カナダに入国した時のビジター許可は11月に切れてしまったので、11月〜1月までの間「不法滞在になるのでは」と焦った。だがCICのサイトにも載っているように、延長許可を待っている間にビジタービザが切れてしまっても、Implied Statusと言って一時的なビジター許可があるので大丈夫。そして延長許可が下りるとビジターレコードという紙切れが送られてくる。これはパスポートと一緒に保管しておかなければいけない。私の場合、悔しいことにパスポートの残りが5ヶ月しかなかったためパスポートの残りの分しか延長してもらえなかった。なので5ヶ月以内に永住権が取れないとなるとまた延長申請をしなければいけない=$100の出費(涙)

 

ターニングポイント

オンタリオ編

時間をちょっと戻してみたいと思う。

2016年5月。

カナダに帰ってきたのは7年ぶりだ。今回は旅行ではなく、移住するため。夫の育ったトロント郊外の街は7年前に比べると随分バブリーな街になっていて、超豪華な豪邸が建ち並んでいた。夫の実家のような古い(築50年以上)レンガの平屋ですら1億近くするらしいから尋常でない。

このカナダ移住はハット家にとって決して容易な決断ではなかったし、不安要素も色々あった。特に日本在住20年、「俺が死んだら日本のゴルフ場に散灰してくれ」と言うくらい日本贔屓の夫にとってカナダ移住は一大事なのだ!なぜか一番ホームシックとカルチャーショックを受けているのも夫だし...「あんたっ、カナダ人でしょっ!しっかりしなさい!」って何度私に怒られたことか。夫は頼りないし、娘は「日本に帰りたい」と毎晩泣くし、そうすると普段泣かないアスぺっ子の息子まで泣き始めるし、夫も息子も持病があるので医療保険はどうなってるかとか、子供の学校のこととか、私の永住権申請のこととか、もう自分がしっかりしないで誰がする?みたいな変に責任感を持つようになった。おかげで私はホームシックになっている暇もない...母は強しとよく言ったものだ。

カナダ移住だけでも心理的負担は大きいというのに、この後追い打ちをかけるように義兄ラリー(認知症)と彼のルームメート クレッグ(鬱病)との同居生活(プチ介護生活)が始まる。どちらも60代後半のバツイチで癖のあるおっさん。約4ヶ月に渡る彼らとの同居生活についてはこのブログでもちょこちょこ書いていく予定なので読んで頂けたらと思う。

運命の分かれ道とか人生の岐路とか言うが、2016年5月がハット家の人生の節目であったことは間違いない。